人生のストーリー(1)私が看護師になるまでの道〜憧れから実現へ〜

飛行機からの写真 航空業界の裏話

いつも「旦那観察日記」をご覧頂きありがとうございます。
このblogを書いている「私」の人生のストーリーをみなさんに紹介したいと思います。

私は、看護師の資格を取得後、客室乗務員(CA)になりました。
CAとして5年間働きましたが、キャリアアップの為に助産師の資格を取得し、病院に戻りました。
育った環境も自分の人生に影響していると思いますが、仕事を通して学んだ事もたくさんあります。

今回は「私が看護師になるまでの道」をお話しします。

「キャンディキャンディ」を見て看護師に憧れる

幼いころ「キャンディキャンディ」を見て、その影響で看護師になりたいと思いました。「キャンディキャンディ」を知っている人って少ないと思います。あらすじはほとんど覚えていませんが、ナースのキャンディキャンディが可愛かった?
おままごとも好きでしたが、お友達とよくナースごっこをしていました。

看護師は白衣もかわいいし、看病したり、注射したり、内服したり・・・。小さいころから看護師に憧れていました。今でも子供たちはナースごっこをしているのでしょうか?

あまり看護師のお仕事は人気がありませんが・・・。

私の同級生も看護師になりたいと思っていた人が多く、みんな看護師になっています。

 

看護専門学校に入るまで一苦労

私の将来の夢は、第1看護師、第2バスガイド、第3歯科助手でした。
バスガイドは修学旅行の影響で、歯科助手はたぶん白衣を着る仕事だったからです。単純ですよね。将来の夢はブレることなく、看護師を目指しました。

看護師になる為に1番最短で看護師になれるのは衛生看護科です。5年間で看護師になれます。
看護師になる為にはいろんな道があるので紹介します。

①高校を卒業して専門学校に3年間通い国家試験を受ける
②中学校を卒業して働きながら准看護師の試験を受ける。そして、そのまま働くか、また進学して国家試験を受ける
③衛生看護科に5年間通い国家試験を受ける
④看護大学に4年間通い国家試験を受ける

他にもありますが、だいたいこの4つです。
私は家を早く出たかったこともあり、衛生看護科に入学しました。実家から5時間くらい離れたところの学校で、もちろん県も違います。
女子が憧れるマンモス女子高でした。衛生看護科以外に普通科、福祉科、歯科衛生士や歯科助手、保育士の資格が取れる学校でした。今は共学になっていて、全ての科があるか分かりませんが・・・。しかし、寮生活が合いませんでした。
家を早く出たかったはずなのにホームシックになってしまったんです。
それで、何も手に付かず勉強も出来ず・・・体調まで崩してしまいました。
そして、2年生の1学期で退学し、地元の普通高校に転入しました。

それから、実家から高校に通いました。
やはり看護師になる夢は変わらず、高校3年生の時に看護専門学校を受験する事にしました。看護専門学校も様々で、国立や県立系は学費が安いですが、やはり倍率が高いです。私は塾にも通っていましたが、勉強が好きではなかったです。テストはいつも一夜漬けでした(>_<)
そこまで成績が良かったわけではなかったので、安全に推薦枠で受けることにしました。
ホームシックになることが分かっていたので、九州から出ることは考えず、北から順に受験することにしました。推薦なので秋には試験が始まりました。最初に受験したのは北九州にある小倉の看護専門学校です。1校目で合格通知をもらったので、他のところは受験せず、そこの学校に行くことを決めました。

3年間の看護専門学校をなんとか卒業

実家とは違い、モノレールがあり私にとっては都会生活でした。小倉競馬場や北九大の近くに住んでいて、学校には自転車で通っていました。しかし、高校の時と同じように、やはりホームシックになりました。寮生活ではなかったので親も会いに来てくれましたし、連休があれば実家に帰っていました。同じアパートに同級生が何人かいたので、みんなで支えあって大変な3年間を乗り越えました。勉強も大変でしたが、周りの人がアルバイトしていたので、私もイタリアンレストランでアルバイトしていました。正直、学校よりアルバイトの方が楽しかったです(>_<)
学校で学ぶ基礎知識は山ほどあり、分厚い教科書は枕になるくらいです。病院実習も大変で、毎日レポートに追われて睡眠不足でした。すぐ眠たくなるので、ベランダで勉強したこともあります。
国家試験も合格できるか心配なくらいでしたが、なんとか看護師になる事ができました。

 

看護師として病院で働く

国家試験の合否は働きはじめた頃に発表されます。卒業する頃はだいたいみんな就職が決まっていますが、私は病院で働きたくなかったんです(>_<)
ここまで苦労してなんとか看護師の国家資格を取得したのに・・・。
小さいころから憧れていた看護師だったはずなのに、働きたくなかったんですよね。

 

卒業して知人の紹介で小さな病院で働きはじめました。しかし、いろいろ諸事情があって、1ヵ月で病院を辞め実家に帰る事になりました。今思うと、本当に病院には迷惑を掛けました。
実家に帰り、しばらく喫茶店でアルバイトをしました。1ヵ月くらいたった頃、ハローワークに登録していたので病院から連絡がありました。さすがに病院で働かない理由がなかったので、看護師として働くことにしました。
療養型の病院だったので高齢の患者さんばかりの職場でした。食事介助や入浴介助、レクレーション、たまに医療的な介入があるくらいで、急性期病棟のようにバタバタとする仕事ではありませんでした。
病院は海沿いにあり、海を一望できる素晴らしい場所にありました。時間があれば患者さんを車椅子で窓側まで連れて行き海を一緒に見ていました。他のスタッフの人には「海を見る子」とも言われていました。若いスタッフもいましたが、年配の看護師の方が多かったです。怖い人もいました。
まあ、どこの病院や職場にも必ず1人や2人はいますよね。
勤務体系は2交代でした。最初の夜勤は朝のバイタルサインの時に脈を測りながら眠たくてウトウトしていました。月に4~5回の夜勤でしたが、夜勤はとてもきつくて、家に帰ってずっと寝ていました。看護師は過酷な仕事です。

 

このように、私は看護師になるまでとても苦労しました。
しかし、資格を持っていると心強いです!
仕事を辞めてからも、またすぐ働くことができます。
それに、こんな私でも看護師として成長できたんです。

 

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